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特集:冨田酒造(滋賀県)

故郷への想いを醸して

近畿の水瓶・琵琶湖の最北端に拠点を置き、
470年以上にわたり酒を造り続ける小さな蔵、冨田酒造。
歴史ある銘柄にも、未来に向けた新しい試みの中にも、
伝統を継承する意志と故郷への想いが詰め込まれています。

凍てつく冬の蔵で

巨大な釡で蒸し上げた米から立ち上る蒸気。その米を小分けにして担ぎ、冷まさぬよう素早く麹室(こうじむろ)へと運ぶ男たち。作業が終わると息つく間もなくタンクの櫂(かい)入れへ。琵琶湖の最北端・長浜市木之本町(きのもとちょう)の酒蔵、冨田酒造の朝の風景です。

凍てつくような寒さの中、暖房もかけない蔵の中で、酒造りには大量の冷たい水を使います。その作業は想像以上に厳しいものでしょう。「この寒さがないと、いい酒はできません」と語るのは、冨田酒造の15代目蔵元※1であり、杜氏※2も務める冨田泰伸さん。10月に酒造りが始まると、翌年5月まで休むことなく酒蔵の仕事は続くそうです。

「昼も夜も、酒造りの期間は重い荷物を背負い続けている気持ちです。何と言っても酵母という生き物が相手ですから」

冨田酒造はここ木之本町で470年以上にわたって酒を造り続けています。古くは北国街道の宿場町として栄えた町。大名行列が宿泊した名残も色濃く、古民家や古い商家が建ち並ぶ中に、冨田酒造の江戸時代からの酒蔵も軒を連ねます。

もっとも知られている銘柄は「七本鎗」(しちほんやり)。歴史深い銘柄は、賤ケ岳の戦いで羽柴(豊臣)秀吉を助けた7人の若武者を讃えた「賤ケ岳(しずがたけ)の七本槍」という言葉に由来します。

また、かの北大路魯山人が若い頃この地域に逗留(とうりゅう)し、七本鎗を愛飲したというエピソードも。魯山人が贈った「七本鎗」という篆刻(てんこく)作品は冨田酒造内に掲げられ、現在のラベルデザインにも用いられています。

  • ※1 蔵元…酒などの醸造元のこと。造り酒屋。
  • ※2 杜氏…酒を作る職人。また、その長を指す。醸造の責任者。

米と水から生まれる酒

ここで、日本酒の製造工程を簡単にご紹介しましょう。日本酒は米を発酵させて作る醸造酒。まず原料の酒米(日本酒の原料に適した品種の米)を磨いて余分な脂質やたんぱく質を除き、洗米し、釡で蒸したのち麹菌をかけて麹米を作ります。

次に、同じく蒸した米を酵母菌と麹米、水に加えて発酵させ、酒母(モロミ)を作ります。麹菌が米を分解して糖分を作り、酒母の酵母菌がそれを食べることでアルコールができるのです。

酒母に麹米と水と蒸米を掛ける工程は、急激に薄まらないよう3回に分けて行われ、それぞれ、「添・仲・留」(そえ・なか・とめ)と呼ばれます。発酵期間は約20日間。朝夕の2回、タンク内の温度を測り、雑菌が入らないように細心の注意を払いながらかき混ぜます。発酵の頃合いを見てモロミを搾り、火入れや熟成を経て、瓶詰へ。日本酒ファンが心待ちにする初しぼりの出荷は毎年11月下旬です。

蒸米を冷まさないように、手早く麹菌をかけていく

伝統を守り、変革する

地域に根差した酒造りをしたいと語る泰伸さん

全国屈指の歴史を持ち、食通の舌をうならせた冨田酒造ですが、日本酒人気の低迷で多くの蔵元が相次いで廃業した頃、風前の灯火となった時期もありました。

冨田家の次男泰伸さんは、幼少から蔵のそばで育ち、酒造りの現場に親しんできました。大学卒業後はワイン製造を手掛けるメーカーに就職。東京で大手量販店向けの営業職に就きましたが、この頃はまだ、家業を継ぐとは考えていなかったそうです。

ところが、お兄さんが別の道を歩み、廃業の話が聞こえるようになると、決意することに。「蔵の歴史を途絶えさせたくない」と一念発起し、メーカー退職後、アメリカの市場やフランスのワイナリー、スコットランドのウイスキー蒸留所などを3か月かけて見学して回りました。帰国後は県内の他の蔵などからも酒造りを熱心に学び、2010年に冨田酒造の醸造責任者になりました。

当時の冨田酒造は大手酒造会社の下請けこそやめていたものの、日本酒需要の低迷といった背景もあり、経営状態は芳しくありませんでした。泰伸さんは会社員時代の経験と知恵を駆使し、「売れるにはどうすればいいか」を考え抜きました。そしてたどり着いたのは、「きちんと良いものを作ること」という単純で明快な答えだったのです。

泰伸さんはうまい酒を造って売るために、古い慣習を見直し、スタッフ体制を整えました。また、2016年には江戸時代から使い続ける蔵の隣に新しく蔵を建てました。蔵の建築は昔ながらの伝統工法。木や土など本物の自然素材で建てることにこだわりました。それは、歴史を大切に守りながら新しい変革に挑んでいくという決意の表れでもありました。

右:蒸米の工程。巨大なタンクから湯気が立ち上る
左上:吸水させた米の状態は、目と手と歯ざわりで確認する
左下:ふつふつとガスを出す酒母。こうして発酵が進み、アルコールができる

地元への想いを詰め込んで

泰伸さんが3か月の視察の旅を通して心に描いたのは、自分たちにしか造れない滋賀県の地の酒を造ること。海外のワイナリーや蒸留所を巡った時に感じた〝地酒であることの意味〞を、日本酒で体現しようとしたのです。

それまでは五百万石や美山錦といった県外の有名な酒米を使っていましたが、地元の篤農家と契約し、滋賀県の推奨品種である「玉栄」を主力にしました。しかも品種のブレンドはせず、単一品種で醸造。仕込み水は蔵内の井戸から汲み出す奥伊吹山系の伏流水を使います。

「玉栄」での酒造りを始めた当初は意図した味や香りを得られず、精米歩合を何度も調整して試行錯誤しました。失敗を重ねつつもあきらめなかったのは、それが小さな酒蔵の生き残り策である以上に、地元への強い想いがあったからでした。

「この土地の米と水を使った酒こそが、本当の地酒だと思うんです」

その後、明治時代に県立農事試験場で開発された幻の酒米「滋賀渡船6号」による醸造にも挑戦。一度は消えたものを復刻させるロマンを宿し、「純米 渡船」「純米大吟醸 渡船」が完成しました。

2010年からは完全無農薬栽培米による醸造も開始。琵琶湖の環境を守りながら酒造りをしたいという想いは、無農薬酒のやさしい味わいとなって実を結びました。

写真左より「琥刻2011」「琥刻2015」「純米」「無農薬純米 無有」「純米 渡船77%精米」

江戸時代に建てられた蔵の内部。日本酒のほか、酒粕を使った石鹸やスイーツなども並ぶ

ストーリーを味わいに

右:冨田酒造の蔵とレンガの煙突。木之本の町には情緒が漂う
左上:北大路魯山人がこの地域に逗留した際に記した「七本鎗」の篆刻
左下:新酒ができると軒先に吊るされる杉玉。緑から茶色へ変化していくことで酒の熟成具合を知らせるとも言われる

昨今、日本酒は国内外でブームとなり、冨田酒造の製品も数多く海外に輸出されています。和食ブームの影響や、日本酒の味や香り自体が好まれている面もあるでしょう。しかし求められているのは決してそれだけではなく、酒を取り巻く日本文化や土地の歴史などを始め、一瓶に込められたストーリーなのではないかと泰伸さんは考えています。

日本酒にもっと物語を。あまり浸透していなかったビンテージという考え方を取り入れ、ラベルに醸造年を記した「琥刻」という銘柄も造り始めました。「生まれ年や結婚した年など、記念すべき年の1本を大切な日に開けて味わってほしいと思います」

こうした造り手の心を知ることで、日本酒はより味わい深いものになることでしょう。特別な日に、特別な酒を、特別な酒器で。小さな蔵で大きな夢を醸す蔵元のことを想いながら、今宵、杯を傾けてみませんか。

PROFILE

冨田 泰伸さん(とみたやすのぶ)

天文年間創業の造り酒屋15代目蔵元。冨田酒造有限会社専務。奥伊吹山系の伏流水と、地元篤農家の減農薬栽培米を主に使った銘酒「七本鎗」を醸造しながら、新商品の開発を通して地域文化を積極的に発信している。

冨田酒造有限会社

住所/滋賀県長浜市木之本町木之本1107
TEL/0749-82-2013
http://www.7yari.co.jp

取材協力 冨田酒造有限会社

2017年12月現在の情報となります。

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