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遠く離れて九州に住む母を思う

2015.9.30

野村 尚子

主任 野村 尚子

九州にいる母の認知症が急速に進んでいる。5、6年前から耳が遠くなり、1年ほど前からは同じことを何度も言うようになり要介護1の認定を受けていたが、7月に会った時は、まだ自分で歩いていたし、少なくとも自分のことは自分で出来ていた。それが、お盆前に転倒して意識をなくし救急車で病院に運ばれてから、なんとなくおかしい。検査の結果は、どこも悪くはないらしいのだが、足元が覚束なくなり、たまに呂律も回らなくなってきている。年も年なので、転倒のショックで急に認知症が進むこともあるとのことだが、あまりの変わりように、気持ちがついていかない。

母は現在91歳。2年前に父が亡くなるまでは、老夫婦二人、助け合ってなんとか人の手も借りずに暮らしていた。しかし父が亡くなると、誰もいない家に一人で暮らすのが怖いと言うようになった。物忘れがひどく、一人暮らしも危なくなっていたので、私の住む奈良のマンションに引き取ることも考えたが、昼間は仕事で看てやることができない。結局、ケアマネージャーの方や認知症を看てくださっていたお医者様とも相談して、普段は施設でお世話になりながら、月に一度私が帰省して母を家に連れて帰り、それまでと変わらない何日かを過ごさせてやるのが一番いいのではということになった。
母も「ここなら、一人じゃないから怖くないし、自分で家事をしなくていいから楽でいいわ」などと言って、嫌がることなく施設に入った。といっても、引っ越しするわけでもなく、身の回りのものだけカバンに詰めてもって行き、3週間ほどしたらまた家に戻るという状況だったので、母にしてみれば、ちょっと病院に入院しているような感覚だったと思う。だから、なんとなくこのまま施設と家を行ったり来たりしながら穏やかに最後を迎えてくれるのでは、などと勝手なことを思っていた、というより願っていた。

しかし、世の中そんなに甘くはなかった。転倒が原因かどうかはわからないが、思い通りに歩けなくなった母が、施設でスタッフの方々に暴言を吐いたり、夜大声を出して寝なくなったりと、少し異常な行動をとるようになったのだ。
しかも、今までは、帰省して2日もいると「仕事があるのだから早く帰りなさい」と私を帰そうとしていた母が、今は、帰ろうとすると「一緒に家に連れて帰って」と私の名前を叫んで必死でついて来ようとする。その姿に思わず手を差し伸べそうになるが、スタッフの方に「これから先、ずっとお母さんを家で看ることができますか。できないのなら、辛いでしょうが、ここは私たちに任せて帰ってくだい」と言われると、それもかなわず、母の声を背中に聞きながら、振り切るように母を置いて帰ることになる。

涙があとからあとからあふれ出て止まらない。なんと薄情な娘だろう、これが親にとる態度だろうかとあれこれ考えて、その晩は眠れない。後日、スタッフの方から、「お母さんは何事もなかったように今は穏やかに過ごされていますよ」と連絡を頂いて少しほっとするが、それでも、私の名前を必死で呼ぶ母の姿が瞼に焼きついて離れない。

年を重ねることが素晴らしいと思える社会を作りたい、それに関わる仕事をしたいと思い、このネクストライフ事業推進室にきたが、母親一人を満足に看ることも出来ない娘が、ここで役に立つ仕事が出来るのか、しかし、この辛い体験は必ず仕事に生かすようにしなければいけない…等々、あれこれ思い悩む日々が続いている。

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