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女の子

2016.10.31

藤原 聖

藤原 聖

私は1970年(大阪万博の年)に藤原家の次男として生まれました。一つ上に兄がいますが、学年では二つ上になります。
私が生まれる前、母親は「娘が欲しい」と言っていたそうですが、その期待を裏切って男子として生まれてきたことが、今後の私の人生に大きく影響します。
私が小さい頃、お出掛けに着る服は、母親が裁縫をしたものを着せられていましたが、その代表作ともいえる洋服が今回掲載している服です。左の兄はカッターシャツにロングコート、私は花柄のマントと花柄のパンツです。そうです!どう見ても「女の子」なのです。デパート、喫茶店、新幹線、ホテル等、行く先々で近くにいる大人に「まぁ可愛いお嬢さん」って言われていました。
幼少の頃、兄は外で遊び、私は自宅で母のしている裁縫やパッチワーク、編み物、料理、家事等を一緒にしている子でした。とはいえ自分の服や行動に一切関心が無かったので、恥をかくとか、嫌な思いをした事はなかったです。
小学生になると、さすがに母も私に「女の子」のような服を着せるのはやめ、普通の男の子の服装を用意してくれました。これを読んでいただいている方には伝わりにくいですが、私のアルバムを見ると、女の子の服装から一気に男の子の服装に変わっているのが分かります。ようやく母も私を「男の子」として受け入れてくれたのかも知れません。

2008年、私は転勤で38年間暮らした関西を離れる事となります。家族を関西に残し、単身赴任を選びました。初めて関西を離れる寂しさはありましたが、一人暮らしにおいては病気の時以外、苦労をしませんでした。なぜならば、幼少の頃に遊びながらやっていた料理・家事・裁縫等が自分にとって全く苦にならなかったのです。先輩や上司の方には「単身赴任は大変だろう」とか「家事は面倒だよな」なんて言われても「家事を楽しんでいます」と答えていました。そう答える度に思い出すのが、幼少の頃の自分です。そして、今となっては、一時期「女の子」の様に育ててくれた母に感謝をしています。

  • まぁなんて可愛いお嬢さん!?

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