家にはなぜ屋根が必要なのでしょうか?
雨風をしのいだり、日差しを遮ったりといった機能以外にも、
屋根の形が家の印象を決定づけたり、
屋根の形を内部空間に生かすことで間取りの可能性を広げることができたりと、
屋根は設計に深く関わってくる部分です。
屋根の役割を改めて考えてみるとともに、
設計のポイント、これからの屋根の在り方について
大和ハウス工業のトップデザイナー集団、ZIZAIの設計士の2人が語ります。
Profile
大和ハウス工業 一級建築士
目賀田 史夫
木漏れ日の中でそよ風に身を委ねているような、心地いい暮らしをデザインすることがモットー。機能的でありながら癒しを感じる住まいを創作することを心掛けている。
大和ハウス工業 一級建築士
福岡 義邦
時の経過とともに豊かさを増し、住む人の暮らしに物語を創っていくような住まいを提案する設計士。住む人とよく話し、熟考することを大切にしている。
雨風・日差しを遮り、外観の雰囲気を決定づける屋根
目賀田:屋根は家の外観の印象に大きく影響する要素ですが、内部空間の居心地の良さを決定づける機能的・情緒的な役割も担っているので、見た目の好みだけで選ぶのではなく、さまざまな視点から検討して決定したいものです。今回は多くの実例を挙げながら、屋根について考えていきたいと思います。
まず、屋根には建物を雨や雪、日差しから守る働きがあります。屋根に勾配があれば雨や雪をスムーズに下へ流すことができますし、軒を出すことで夏の強い日差しを遮ることができます。兼好法師の『徒然草』に、「家の作りやうは夏をもってむねとすべし」という一節があるように、日本では古来より家の軒を深くして夏の日差しを遮ることで、風通しを確保しながら蒸し暑い夏に対処してきました。
福岡:現代の住宅は断熱性能や換気性能が向上しているので、軒を深くしなくても室内環境を快適に保つことはできるようになってきましたね。
目賀田:そうですね。とはいえ、軒の深さや窓上の庇(ひさし)によって室内に入る日射熱取得量はかなり変わるので、冷暖房効率に影響することは間違いないでしょう。
福岡:外観デザインとしての屋根の役割も大きいですね。一般住宅の屋根の形は「寄棟屋根」、「切妻屋根」、「フラットルーフ」、「片流れ屋根」の4つが代表的ですね。それぞれ、外観の印象が異なります。
寄棟屋根
4つの屋根面が四方に広がった形。屋根の影が外壁に水平に現れ、穏やかなたたずまいを印象づける。
切妻屋根
屋根面が2つのいわゆる「三角屋根」の家。切り立った面の印象が強い。
陸屋根(フラットルーフ)
水平な屋根。シャープでモダンな印象。
片流れ屋根
勾配が一方向に流れる屋根。スタイリッシュな印象。
和風・南欧風・沖縄風…。瓦材も様式を決定づける要素
目賀田:屋根の形だけでなく、屋根葺(ふき)材でも印象はがらりと変わります。世界各地で見られる屋根材といえば瓦ですが、瓦はもともとその土地の粘土を焼いて作るので、土地の特色が色濃く表れます。オレンジの色ムラがあるスペイン瓦、艶(つや)のあるいぶし銀の京都の瓦、沖縄の鮮やかな赤瓦などは有名ですね。もっとも、現代では商材の流通や製造技術の向上によって、その土地以外の瓦で屋根を作れるようになりました。お好みの外観イメージから自由に屋根葺材を選ぶことが可能になっています。
同じ瓦でも様式はさまざま
洋風
和風
南欧風
目賀田:屋根の形や素材を選ぶ一方で、建物全体のバランスや細部のディテールをおろそかにすると外観の雰囲気が台無しになることもありますね。例えば、和風の家に(伝統的な和のボキャブラリーには無い)バルコニーを作ってちぐはぐな印象になってしまうなど。次の事例のように屋根を切り分けて、外観から見えない位置にバルコニーを配置すれば、和風のたたずまいを残しながらも機能的なバルコニーを作ることができます。
屋根の情緒的な側面。三角屋根は守られるイメージ
目賀田:屋根には情緒的な側面もありますね。子どもに家の絵を描いてもらうと、ほとんどの子どもが三角屋根を描きます。
福岡:子どもにとって家の象徴は三角屋根なんでしょうね。
目賀田:これは家の本質を示していると私は思います。家とは家族が守られる場所ですよね。大屋根に包まれた空間で、家族が安心してくつろいでいる情景をイメージしやすいでしょう。人が本能的に安心感を覚えるのは、洞窟や胎内などにいる状態だと考えれば、フラットな天井よりも勾配のある屋根の形がそのまま内部に露出した包まれるような空間の方が「守られている」という安心感があるのかもしれません。
福岡:確かに日本の古い民家や寺社建築にもそうした内部空間は多く見られますね。海外の教会でも屋根の形がそのまま内部に露出したヴォールト天井やドーム天井の事例は多いです。包まれるような空間が人々の祈りの場となっているのもうなずけます。
目賀田:フラットな天井だと「あそこが天井だな」と領域がはっきりしてしまいますが、勾配天井やヴォールト天井だと、上に行くほど薄暗くなって壁と天井の境界がぼかされ、空間に広がりが生まれます。これも豊かな空間を作る一つの要素だと思います。
建物の内と外から美しい屋根をしつらえる
福岡:人の身体に例えると、家にとっての屋根は「手」の役割を果たす側面があるのではないかと私は考えています。人はまぶしさを感じると手のひらを目の上にかざして日差しを遮り、急な雨のときは手を頭の上にのせてしのごうとします。地震などで物が落下する恐れがあれば、手で頭を守り、写真を撮るときには指でフレーミングすることもありますよね。
次の事例でも屋根がフレーミングの役割を果たしているのがお分かりになると思います。屋根のくりぬかれた部分から見る空の眺めがドラマチックになり、外観のアクセントにもなります。
目賀田:道行く人が建物越しに「くりぬかれた空」を眺められるのは面白いですよね。建物の中に空を内包している感じで。外観と庇(ひさし)という観点では、あるお客様が「庇はアイブロウだから大切」としきりにおっしゃっていたのを思い出します。目の上にある眉(アイブロウ)は目元の彫りの深さや顔立ちを印象づけますが、家も同じで窓の上に庇をつけることでそこに陰影が生まれ、家のたたずまいが美しく見えるというお話には共感を覚えました。
福岡:建物の夜景をイメージしたとき、軒天(軒の裏側部分)をライトアップするのもおすすめですね。上は庭の上部の屋根をくりぬき、深い軒を作った事例です。深い軒天を木目調の美しい面とし、光と樹木の影を映すことで情緒的な空間を作り上げることができます。
目賀田:道路と建物の距離や立地状況によっては屋根面を見せられない場合がありますが、その場合はますます軒天の見せ方が重要になってきます。 次の事例では軒天を室内の天井面と同じ木目調に合わせ、ライトアップさせることで屋根が浮いているような幻想的な夜景が生まれています。内部のプライバシーを保ちつつ、ぬくもりを感じる街並みの豊かさにもつながっています。
福岡:美しさを追求するなら、雨樋(あまどい)の処理にも気を遣いたいですね。上の事例でも雨樋の存在は感じさせません。通常は下の左のイラストのように、雨を受ける「軒樋(のきどい)」と雨水を地上に下ろす「呼び樋(よびとい)」という管が見えるのですが、右のイラストのように軒樋を見せずに屋根の中で雨水を落とし、呼び樋をストレートに配置することで美しい軒先が出来上がります。
目賀田:こうした屋根周りのディテールをおろそかにせず、配慮していくことで洗練された住まいが出来上がっていきますね。
後編に続く