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コラム No.2

CREコラム

Vol.2 日本のCRE戦略の課題 インタビュー 百嶋 徹氏(ニッセイ基礎研究所 社会研究部 上席研究員/明治大学経営学部 特別招聘教授)

公開日:2016/04/27

記者(以下Q):日本のCRE戦略はどのような状況ですか。

百嶋(以下A):日本においても、外国人持ち株比率の上昇や物言う株主の台頭により資本市場から一層高まっている資産効率向上の要請、固定資産の減損会計適用など時価会計に向けた会計制度の変更、内部統制強化の要請などを背景に、適切なマネジメント体制の下で、組織的に、そして戦略的にCRE戦略に取り組む必要性が高まっています。
また、産官学の多様な組織によって、CRE戦略の普及啓発が図られてきたこともあり、CRE戦略という言葉は経済界、産業界に広まりつつあります。
しかし、残念ながら日本においては、適切なマネジメント体制の下で組織的にCRE戦略に取り組む企業はまだ少ないと言っていいでしょう。

日本企業がCRE戦略の本格的な実践になかなか至らないのはどうしてでしょうか?その背景はいくつか考えられます。

一つには、企業経営におけるCREの経営資源としての重要性の認識の問題があるのではないかと思っています。
バブル崩壊までは、「土地神話」の下で不動産市況が上昇し続けたため、企業では、CREは担保資産、場合によっては財テク資産として長らく位置付けられてきたと思います。金融機関も、本来の在り方である企業の将来性に対する目利き力を活かすことよりも、土地担保を重視した融資スタンスを取ってきたとみられます。
土地神話の崩壊以降、価格変動リスクを抱えるようになったCREについて、適切なマネジメント体制を構築することが必要になっていますが、現在も多くの企業がCREを戦略的な経営資源としてではなく担保資産として所有し、その結果有効活用されていないケースもみられるのではないでしょうか。特に、換金性の高い好立地のCREが企業価値向上に寄与しない状況を放置すると、買収されるリスクが高まることには注意が必要です。

第二に、前回指摘した、目先の利益追求を優先する企業経営のショートターミズム(短期志向)の問題が大きく影響していると思います。
多くの日本企業は、外国人投資家の台頭や四半期業績の開示義務付けなど、資本市場での急激なグローバル化の波に翻弄され、2005 年前後を境に経営の短期志向に陥ったと私は考えていますが、これにより、企業のCREへの関心も、ファシリティ費用など不動産関連コストの削減に専ら向かってしまっていると見ています。
CRE戦略の本質的な目的というのは、単にコストを削減するだけにとどまらず、従業員の創造性を最大限に引き出しイノベーション創出につなげていくためのワークプレイスを構築・運用したり、事業の選択と集中に基づく事業ポートフォリオや資産構造の入れ替えを加速したりするなど、中期的な経営戦略の遂行を不動産の視点からサポートすることにあると私は考えています。

第三に、自前主義の問題も影響していると思います。
CRE戦略の本格的な実践には、外部の不動産サービスベンダーの戦略的活用が欠かせません。アウトソーシングの戦略的活用により、戦略の策定・意思決定といったコア業務への社内の人的資源の集中を進めることが可能になりますし、社内の知見と外部ベンダーのサービスを融合することで、より高度なCREソリューションを経営層や事業部門など「社内顧客」に提供することが可能となるためです。
日本企業は元々自前主義に陥りがちであり、未だCRE戦略に取り組む企業も少ないため、CRE業務でアウトソーシングを戦略的に活用するとの発想がなかなか拡がらないと考えられます。一方、CRE戦略の海外先進事例では、戦略的なアウトソーシングが必ず行われていると言ってよいでしょう。
加えて、一部で「CRE戦略=不動産売却」というように不動産売却の側面が強調されすぎてきたために、「CRE戦略は、不動産会社や信託銀行が事業会社に専ら土地売却を促し、高採算の仲介手数料を稼ぐための宣伝の道具に過ぎない」と誤解されていた面があるのではないでしょうか。このことも、事業会社にCRE戦略に踏み出すのを躊躇させる要因の一つになっていたように思われます。

Q:CRE戦略の難しさはどこにあるのでしょうか。

A:CRE戦略の難しさは、その企業価値への貢献が必ずしも定量的に把握・測定できないことではないでしょうか。この定量的把握にこだわると、CRE戦略の本質を見誤り、本格的な実践ができなくなってしまうと思います。
CREの利益や企業価値への貢献を厳密に把握・測定できるケースは、売却や賃貸用への転用といった「出口戦略」を採ったときです。不動産の売却による売却益やキャッシュフローは勿論把握できますし、賃貸不動産に転用する場合でも、賃料収入および不動産の維持管理コストは定量的把握が可能です。しかし、これはもはやCREの出口戦略であって、本質的なCRE戦略と言えるものではありません。
一方、本質的なCRE戦略の対象は、オフィス、研究開発施設、工場、物流施設、営業店舗、社宅など、現に自らの事業活動に供している、いわゆる「事業用不動産」であり、事業活動と一体化して初めて価値を生み出しますので、不動産単体のアウトカムは本来算出し得ないと思います。ただし、賃借料、租税公課、水道光熱費、人件費などのコスト側は、努力すれば定量的把握が可能でしょう。このため、事業用不動産でもコスト削減による利益貢献は、定量化できるわけです。

ですから、先程述べました経営の短期志向の問題と相まって、どうしても見えやすい数値化できるコストのほうばかりへCREへの意識が向かってしまうわけです。また、多くの企業が、ノンコア事業等に関わる一部のCREについては、これまで売却や賃貸用への転用といった出口戦略を採ってきましたが、出口戦略の企業価値への貢献が定量的に把握できることが、そのような意思決定を後押しした側面もあるのではないでしょうか。
世界最大級の総合不動産サービス会社である米ジョーンズ ラング ラサール(JLL)が2014年12月に実施した世界36か国の大企業に属するCRE業務の担当者(544名が回答)へのアンケート調査(第3回グローバル企業のCRE推進に関する調査)によれば、「CRE部門への経営トップからのコスト削減要求が高まっている」との回答比率は、世界経済の不透明感が高まる中、グローバル全体(日本企業を除く)でも77%と高水準に達していますが、日本企業では82%とそれをさらに上回り、コスト削減要求の高まりが顕著になっています。
アンケートに回答した日本企業(28名)は、CRE戦略に先行して、あるいは積極的に取り組もうとしている企業が中心であると推測されますが、そうした比較的意識の高い企業においてさえも、企業価値に対するCREの貢献という視点に立つと、コスト削減をどうしても優先してしまいがちになるのです。

Q:CRE戦略は単に不動産活用ではないということでしょうか。

A:CRE戦略=土地利用という捉え方は、部分的でしかありませんし、場合によっては誤解を招くと思います。
たとえば、遊休地を賃貸オフィスやマンションなど収益不動産として活用することは、先程も述べましたように、CREの出口戦略であって、本業に関わる事業用不動産に焦点を当てる本来のCRE戦略とはフェーズが異なると捉えるべきです。収益不動産への投資に乗り出すならば、不動産事業を新たな本業の一つとして捉え、ディベロッパーなど専門の不動産会社と伍していく覚悟が要るのではないでしょうか。

前回述べましたように、遊休地や駐車場といった未利用地・低利用地の保有は、本来一時的状況と捉えるべきで、本業で再活用できるのか、あるいは売却するのか、収益不動産へ転用するのかを、早急に検討し意思決定することが必要になります。
そうした低・未利用地を長く持てば持つほど減損リスクが高まりますし、固定資産税も払い続けなければなりません。それが好立地の物件であれば、株主から有効活用を迫られたり、場合によっては買収されたりするリスクが高まるでしょう。

ところで、企業が所有し利活用する不動産は、私有財産でありながら、様々な外部性を持っています。外部性とは、環境や周辺に対する影響力があるということであり、プラスとマイナスの両面の影響が想定されます。
たとえば、土地は地域に根ざした公共財的な性格を持ち、再生産することができない唯一無二の経営資源であると言えます。企業がそこにオフィスや営業店舗、物流施設、工場、研究開発施設などを構築し、土地を開発・使用する段階において、地域社会の自然環境や景観に何らかの影響を与えます。
何の対策も講じなければ、地域の景観や自然環境に負の影響を与えることが多いでしょう。これを外部不経済と言います。企業は、こうした負の外部性には必ず対処しなければなりません。企業が事業を行う上で地域コミュニティの理解と協力は欠かせません。
そこで、地域社会の信頼を勝ち得るために、環境や景観に配慮した適切な不動産管理がCRE戦略の果たすべき役割となります。

外部性にはもう一つの側面があります。たとえば、物流センターを建設すれば、そのことによって、物流の流れを変えることになります。それを契機に様々な企業が集まってきて、その地域に産業集積を生み出すドライバーになるかもしれません。
このように不動産をうまく活用すれば、交通や物流網の変化、ひいては地域の雇用を生み出したり、産業構造の転換・高度化を起こしてしまうくらいのプラスの外部性、すなわち外部経済効果を持ち得るのです。

このように、不動産は、良い意味でも悪い意味でも外部性を持っています。ですから、企業が所有する不動産は、私有財産ではありますが、地域社会に配慮した利活用が欠かせません。
CREを保有する企業は、不動産が及ぼす外部不経済を抑制する一方で、不動産が生み出す外部経済効果を最大限に引き出すことに取り組むことが求められます。このことこそが、CREを利活用する企業が、CRE戦略の実践により果たすべきCSR(企業の社会的責任)なのです。CREは、環境・社会への配慮や地域活性化といった社会的ミッションを果たし、CSRを実践するためのプラットフォームの役割を担わなければならないのです。
このようなCSRの視点は、CREを所有する企業だけでなく、賃借して利活用する企業も同様に実践すべき視点であると考えるべきでしょう。 このように、企業経営全体、そしてCRE戦略には、経済合理性のみを追求するのではなく、社会的ミッションを起点とする発想が求められるのです。

Q:米国の先進企業はどのようにCRE戦略を捉えていますか。

A:IBM、アップル、インテル、オラクル、グーグル、シスコシステムズ、ヒューレット・パッカード、プロクター・アンド・ギャンブル、マイクロソフトなど米国の先進的なグローバル企業は、CRE戦略の重点を土地や建物といった単なるハードの不動産管理にとどまらず、ITをふんだんに取り入れたクリエイティブなワークプレイスやワークスタイルを活用した人的資源管理(HRM)に移行させています。
このため、CREの専門部署は、社内の人事部門、IT部門、財務部門などと密接に連携を取りながら、創造的なワークプレイスづくりや従業員のワークスタイル改革にも主導的な役割を果たしています。また、先進的なワークプレイスの構築・運営では、外部の不動産サービスベンダーの知見やサービスを積極的に取り入れています。
その意味では、CRE部門と社内外の組織とのコラボレーションが、CRE戦略の実践を支えていると言っても過言ではありません。CRE部門が関わるべき業務範囲は、単なるハードの不動産管理業務に比べかなり幅広くなりますが、その分社内外の専門組織の力も借りて、それらとCRE部門が持つ専門的知見との融合を図ることが欠かせないわけです。
米国の先進企業の中には、CREの担当役員がHRMを同時に見ているケースもありますし、またCRE専門部署を「ワークプレイス・リソース」と呼ぶ企業もあります。

創造性豊かで能力の高い人材は、仕事をライフワークととらえ、仕事と生活を融合一体化させる働き方を志向しています。このような人材の確保・定着のためには、企業は、創造的で自由なオフィス空間の整備と柔軟で裁量的なワークスタイルへの変革を、セットで推進することが求められています。
このことは、企業が不動産をどのように利活用しているかによって、企業のブランドイメージが変わり得ることを示しています。たとえば、米国シリコンバレーのハイテク企業は、この点をしっかりと理解しています。
シリコンバレーでは、ハイテク企業の間で人材の引き抜き合戦が激しく繰り広げられており、企業は、優秀な人材の確保・定着のために、必然的に働きやすいオフィス環境を整備・提供せざるを得ません。残念ながら日本では、オフィス環境の整備の巧拙が人材確保に大きな影響を及ぼすとの危機感を持っている企業は、多いとは言えないのではないでしょうか。
多くの日本企業での不動産管理業務は、ハードの不動産管理という狭い領域に留まっていると思われますが、シリコンバレーのハイテク企業では、優秀な人材を採用し定着させ、そしてそれらの人材にイノベーションを起こしやすいオフィス環境を提供するために、ワークプレイスやワークスタイルをどうすべきか、ということを真剣にCRE戦略と関連付けて議論しているわけです。

たとえば、グーグルでは、従業員にとって至れり尽くせりともいえる、個性的で遊び心満載のオフィスづくりがなされています。グーグルのオフィスの写真を見ると、オフィス内の移動手段としての滑り台や滑り棒、ビリヤード台、バランスボール、思索にふけるためのブランコ、ゲームや楽器の演奏ができる防音仕様のゲームルーム、奇抜で多様なコミュニケーションスペースや休憩スペース、派手な飾り付けを施した社員のデスクなど、一見すると仕事に関係のないようなものが目に飛び込んできます。オフィス内での飲食を無料で楽しめるのも有名な話です。
グーグルが従業員に贅沢なまでの快適なオフィス空間を提供するのは、オフィス空間が従業員の創造性に大きく影響を与えることを熟知しているからです。優秀な人材を採用しているとの確信の下に、創造的で自由な環境さえ提供すれば、優秀な従業員の創造性は最大限に引き出され、イノベーションが生み出されるとの考え方が、経営陣に浸透しているのです。
他の米国先進企業も、グーグルと同様の考え方でオフィス戦略やCRE戦略を推進しています。米国先進企業のCRE戦略は、ここまで進んでいるのです。

もちろんワークプレイスというのはコストですが、米国の先進企業にしてみれば戦略投資なのです。ただし、そのROI(投資収益率)など、簡単に計算できるはずがありません。
つまり、コスト意識が先行してしまうと、創造的なオフィス環境を整備・構築することに踏み出すことが難しくなります。私は、企業がイノベーションを生む創造性を大切に育むためには、経営資源をぎりぎり必要な分しか持たない「リーン(lean)型」の経営ではなく、経営資源にある程度の余裕、いわゆる「組織スラック(slack)」を備えた経営を実践しなければならないと考えていますが、創造的なオフィス環境も、柔軟で裁量的なワークスタイルを含めて、イノベーション創出のために確保すべき組織スラックと捉える必要があるでしょう。つまり、創造的なオフィスづくりは、組織スラックに投資するという発想を持つことが重要なのです。
オフィスづくりに組織スラックの考え方を取り入れるには、経営トップ自身の感性や創造性が非常に重要だと思います。従業員の創造性を引き出すことが経営者の重要な責務であることを感性で理解していないと、創造的なオフィスづくりに踏み出すことは難しいのではないでしょうか。金銭的メリットの裏付けがなければ着手できないなら、本末転倒でしょう。自らの感性に基づいて、先進的なオフィスづくりを進め、その重要性を組織に根付かせるべきなのです。
「Good Design is Good Business」とは、IBMの2代目社長であるトーマス・ワトソン・ジュニアが1956年に語った言葉です。「快適なオフィス環境は社員の士気と生産性に貢献する」という意味であり、IBMのグローバル共通の経営ポリシーとして受け継がれています。CRE戦略には、もちろん多様な専門的知見が求められるわけですが、クリエイティビティやイノベーティブな感性を経営トップやCREの担当者自身も持つことが、非常に重要なのではないでしょうか。

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土地活用ラボ for Biz アナリスト

百嶋 徹(ひゃくしま とおる)

ニッセイ基礎研究所 社会研究部 上席研究員 / 明治大学経営学部 特別招聘教授

1985年(株)野村総合研究所入社、証券アナリスト業務および財務・事業戦略提言業務に従事。野村アセットマネジメント(株)出向を経て、1998年(株)ニッセイ基礎研究所入社。2014年から明治大学経営学部特別招聘教授。企業経営を中心に、産業競争力、産業政策、イノベーション、CRE(企業不動産)、環境経営・CSR(企業の社会的責任)などが専門の研究テーマ。日本証券アナリスト協会検定会員。1994年発表の日経金融新聞およびInstitutional Investor誌のアナリストランキングにおいて、素材産業部門でそれぞれ第1位。2006年度国土交通省CRE研究会の事務局を担当。国土交通省CRE研究会ワーキンググループ委員として『CRE戦略実践のためのガイドライン』の作成に参画、「事例編」の執筆を担当(2008~2010年)。共著書『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』(東洋経済新報社、2006年)で第1回日本ファシリティマネジメント大賞奨励賞受賞(JFMA主催、2007年)。
公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会(JFMA)CREマネジメント研究部会委員(2013年~)。CRE戦略の重要性をいち早く主張し、普及啓発に努めてきた第一人者。

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