一冊の本を通して、
また、本の中のひと言をきっかけにして
得られる気づきや広がる世界があります。
今回は新旧のさまざまな本がそろう兵庫県の
「1003(センサン)」を訪れて、
本と本屋さんの魅力、
そして暮らしにまつわるおすすめの本を
伺いました。
2024.1
古いビルの5階、
入り口の小さな看板を目印に
ビルの1階入り口、足元にそっと置かれた小さな看板が目印。
エレベーターを降りるとドアの向こうに本屋さん! 隠れ家のようで好奇心をそそられる。
港町の風情が漂う神戸・元町。古いビルに古着店や雑貨店、カフェなどが点在し、ショップ巡りが楽しいエリアです。そんな街の一角、ビルの5階にある本屋「1003」は新刊と古本、リトルプレスを扱う個人書店としてオープン、2020年に現住所に移転しました。
「本屋さんなのにビルの5階で大丈夫なの?とよく言われました(笑)。でもSNSを見て来てくださったり、若い方がふらりと寄っていただくことも多いですね」と話す店主・奥村千織さん。「映画館のような、落ち着いた空間にしたかった」という店内は大きな窓から入る光が心地よく、じっくり本と向き合えます。
通りに面した南側の大きな窓が開放的。もとは一般的なオフィスだった部屋を改装。
黒い壁が印象的な店内北側。内装は奥村さんの夫がDIYで手掛けたのだそう。
本屋さんで
日々を豊かにする一冊と出合う
置かれた本は新刊が6割、古本が4割ほど。たとえば古本の棚には海外文学、日本文学、映画、音楽、芸能、詩、美術、旅、暮らし、芸術…と緩やかにジャンル分けされて並んでいます。
「本の背表紙を見ながらざっとブラウジングできるのが本屋さんのいいところだと思います。自分の関心領域以外の『あ、こんな本があったんだ』という発見もある。思いもよらないものを見つけられるというのが本屋さんの魅力の一つだと思いますね」
思いがけない本に出合ってしまうのも楽しみ。古本の棚で。
そんな奥村さんの本選びの基準は?
「自分が読みたいっていうのもあるんですが、やっぱりうちに来てくださるお客さまの顔が浮かぶことが多くて。何度も来てくださっていると、あの方が好きそうだななど、そういうことも考えながら仕入れていますね」
奥村さんが吟味して選んだ本たちが、静かに読み手を待つ。
個性的な本が面白い!
リトルプレスは宝探しの気分で
一般的な商業出版に対して、個人が自主的に出版しているのがリトルプレスやZINE(ジン)と呼ばれるもの。「1003」では店のオープン当初から置いています。「ご本人が持ち込まれることもありますし、SNSやほかの本屋さんで見つけてお声掛けしたりしながら増えていきました」
リトルプレスの本はテーマも形態も実にさまざま。「マニアックなものも多いですね。ほぼそうかもしれません(笑)」。こだわりの強さ、視点の面白さがリトルプレスの魅力。本の楽しさをあらためて知るきっかけにもなりそうです。
「お客さまとして通ってくださっていて、話すようになったら、実はこういう本をつくっているんです…ということもありますね。通ってくださるお客さまは地元の方が多いので、神戸の本も増やしていきたいと思っています」
地元・神戸をはじめ映画や食、女性などさまざまなテーマを扱ったリトルプレスやZINEがそろう。
本と本屋さんのある暮らしを
もっと身近に
小さい頃から家の中に本があり、母親に毎月届く絵本の読み聞かせをしてもらっていたという奥村さん。時には絵だけの本に母親が話をつけて読んでくれていたこともあったとか。「自然と本を読むようになって、図書館にも通って、漫画も含めて(笑)、本ばかり読んでいました」。いつしか本のそばにいる職につき、本に囲まれて過ごすことに。「本に囲まれている場所がいい、好きなんですね。安心するんです」
そんな本好きの奥村さんのお店には、やはり本好きが集まってくるよう。おすすめの本を聞かれることもあれば、読後の感想を話しに来られることもあると言います。気軽に言葉を交わしながら、コミュニケーションが自然に広がるのは小さな書店ならでは。時には作家本人が直接来店することもあり、そうしたご縁を広げようと、不定期で作家の講演会や読んだ本について語り合う読書会を企画し店内で開催しています。
「おすすめした本の感想はつい聞いてしまいます」。移転してからは若い女性客がふらりと立ち寄ることも増えたそう。
「1003」のおすすめ
暮らしの本
奥村さんに、毎日の生活に心地よい変化をもたらしてくれる本を選んでいただきました。
毎日が豊かになる気づきを本から、綴られた言葉から感じてみませんか。
岩井窯・山本教行が日々積み重ねてきた
美しい暮らしのつくり方
『暮らしを手づくりする
鳥取・岩井窯のうつわと日々』
山本教行著/スタンド・ブックス/2,200円
10代の頃に絵描きを志した著者は縁あって鳥取民藝美術館の吉田璋也に師事、民芸界の重鎮たちから薫陶を受け、作陶に目覚め、やがて岩井窯を開く。作陶家としての生きざまと暮らしを綴った一冊。「とにかくこだわりの人。暮らしの何を自分のそばに置きたいかに、とことんこだわる、でもそれが焼き物に生きてくる、と。簡単にまねできる生活ではないけれど、そのパワーは見習いたい。事あるごとに開きたくなる、発奮させてくれる本ですね」
作家の食への探究心に驚嘆!
プリミティブな感性で食を体感する
『料理発見』
甘糟幸子著/アノニマ・スタジオ/1,760円
1986年に刊行された、作家・甘糟幸子さんのエッセイが2023年に復刊された。「40歳を過ぎた著者がすじ肉をきっかけに料理に目覚め、どこかで食べたごちそうを家でどう作れるか、最初は見よう見まねで、研究を重ね、確実に自分のものにしていく。実験のように突き進んでいく、その探究心に惹かれて読んでしまいます。最後に急展開する感じも面白いんです」。便利になって見えづらくなった「食」を再発見するきっかけに。
レシート=買い物から見えてくる生活
それぞれの人の、それぞれの暮らし
『レシート探訪
1枚にみる小さな生活史』
藤沢あかり著/技術評論社/1,760円
ウェブサイト・北欧、暮らしの道具店®での連載を単行本化。「いろいろな職業の方にレシートを見せてもらって『どういうときのお買い物ですか?』とインタビューしていく。その中でどんな生活をしているのかが徐々に見えてくるんです」。著者は編集者・ライターで、自身のレシートについて言及するコラムも。「話の端緒がレシートというのが新鮮で、ものすごく生活の真ん中にある話が引き出されるのが印象的でした」
探して探して探しまくって…
「好き」を妥協しないことの大切さ
『私の生活改善運動
THIS IS MY LIFE』
安達茉莉子著/三輪舎/1,980円
ZINEとして出版後、反響が大きく単行本化されたエッセイ本。「うちでもよく出ている一冊。著者は友達から『生活改善運動』という言葉を聞いて取り組むんですが一切妥協しない。家探しから始まって皿1枚まで。本棚や服は予算内で気に入るものがないから自分で作ってしまう。大変なのにどこか楽しそうで、自分の暮らしを自分でつくっていいんだと思わされます。これを読んで買い物をするときに少し躊躇するようになりました」
50歳からのファッション再入門書!
服好きが考える、服を着る意味と意義
『なんでそう着るの?
問い直しファッション考』
江 弘毅著/亜紀書房/1,870円
著者は関西の人気情報誌等を手掛けた編集者・著述家。「洋装店に生まれて身近にあったからか、服が好きだしこだわりが強い。そんな著者によれば服は社会との関係性の中にあると。たとえば鰻や寿司を食べに行くときにきちんとした服を着るのは、他の客がよりおいしく感じるためであるとか、社会の中で着るという視点でさまざまなアイテムをどう着るかが語られます。好きからもう一歩踏み込むと楽しみ方も広がるんですね」
生活に小さな喜びがある幸せ
おいしい一杯のための真摯な一冊
『台所珈琲の手びき』
余白珈琲編集・発行/660円
神戸・垂水でコーヒー豆焙煎所を営む夫妻が手掛けるリトルプレス。夫が文を、妻がイラストを担当。「自分ちでコーヒーを楽しんで! というコンセプトで豆の選び方、保存方法、挽き方、淹れ方とステップごとに解説がついてます。温度や湯量などがきちんと数値化されていて、読んだときに夏休みの自由研究みたいだなと(笑)。この本の通りに飲み比べたら自分の好きな味が見えてきます。教本とは違う親しみやすさがいいですね」
ドイツの文豪が後半生で見いだした
庭仕事の尽きぬ喜び
『庭仕事の愉しみ』
ヘルマン・ヘッセ著/フォルカー・ミヒェルス編/岡田朝雄訳/草思社/1,100円
執筆以外の時間をほぼ自分の庭で過ごしたというヘッセ。エッセイや詩、絵など庭についての著述を編んだ一冊。「自然への温かいまなざし、描写の細やかさが心に響きます。丹精するという表現がぴったり。たとえば桃の木が嵐で倒れたときは、親しい人を亡くしたときのように悲しんで手紙を書く。植物など身近なものへの愛着がひしひしと感じられて、生活を慈しんでいるのが伝わります。読後は植物を育てたくなりました」
1003(センサン)
兵庫県神戸市中央区栄町通1-1-9 東方ビル504号室
tel.050-3692-1329
12:00~19:00 火・水曜休み
https://1003books.tumblr.com
※表示価格は消費税込み2023年12月現在。詳しくは1003のウェブサイトをご確認ください。
暮らしにいいものを探して
- vol.11 観葉植物と心地よく暮らす[育て方編]
- vol.12 張り替えもオリジナルも!椅子専門店の工房へ
- vol.13 本を通して、暮らしをもっと豊かに楽しく
- vol.14 心地よい空間で丁寧にものを選ぶ
- vol.15 世界の名作チェアが並ぶショップで椅子の物語を知る
- vol.16 食卓をおいしく、楽しく豊かにするうつわ選び【前編】
- vol.17 食卓をおいしく、楽しく豊かにするうつわ選び【後編】
- vol.18 わが家のキッチンから循環する暮らしを考える
- vol.19 倉敷美観地区へ【前編】「滔々」の宿とギャラリー
- vol.20 倉敷美観地区へ【後編】 倉敷民藝館で知る、用の美
- vol.21 古材や古道具を取り入れて楽しくおおらかな暮らしを
- vol.22 昭和の型板ガラスを繊細な柄を生かした皿に
- vol.23 日常に取り入れたいフランスのビンテージ